1942年7月

40歳も近くなって、知らないことが本当に多いと気づき半ば悲しくなることもあります。
本日はヴェルディヴ(Vel d’Hiv)事件。ル・モンドのトップニュースでしたが知りませんでした。

1942年7月16日,17日。ドイツ軍占領下にあったフランスで、フランス政府(警察)により、13,000人以上のユダヤ人が検挙されてパリ市街地の大きな施設などに集められました。その中には4,000人以上の子どもたちがいたそうです。
私に浮かんだ光景はパリ逃亡中だったベンヤミンの収容だったのですが、手許の本を確認してみるとそれは1939年。それも、同じくフランス政府によるものではあったようですが、敵国ドイツからの亡命者を収容、送還という目的だったようです(亡命しているドイツ籍の人間ってユダヤ人が多くを占めているはずで結果は当然悲惨なものだと思うのですが)。収容中の待遇も、ひどいものとはいえヴェルディヴのものとは大きく異なります。
それと決定的に違うのは、1940年にドイツが侵攻、傀儡とはいえフランス政府(ヴィシー政権)がホロスコープに加担する収容を行ったことなのです。収容された主な場所である競輪場はvelodrome d’hiver(冬用競輪場)、この迫害は「Vent printanier(春風作戦)」と呼ばれたようです…。春風って。

革命記念日の直後ですが日付にすら込める意味があったのでしょう。
ヴェルディヴだけではなくホロコーストの事実をひもとくとどれだけ人間が残酷ないきものかがよくわかります。一人の人間の妄想に始まり、良識ある地位ある大人たちがその言辞に翻弄され信じ込み、国家を変貌させて、大量に同じ人間を抹殺しようとする。私にもそういう残虐な部分はきっとあって、幸運なことにそれがまだ現れていないだけにすぎないと思っています。
昨今きかれるいじめについても背筋が凍るほど残酷で、怒りを押さえられないですが、きっとだれでもそのようなことをする「要素はある」。それを抱えて生きていく我々は常にそれを遠くへ追いやる努力をして、経験のない若い人たちへは厳しくその手助けをしないといけない。
(しかし個人的意見として、私人である第三者が事件の情報を必要以上に知ろうということについては私は否定したいです。私たちに求められるのは私刑ではなくゴシップとしての事件の消費でもなく、静かな反省なのだと思うので。)

この70年前の出来事は、ルモンドによると、フランス人の42%の方がしらないそうです。しかし日本に置き換えると、同じ時期に起こっていた第二次世界大戦における個別の事件としてとらえるともっと低くなるのでは。日本は−、一方フランスは−、的な捉え方は避けたいのですが、忘れないという意識、謝罪に対する評価は天晴なものがあると思います。
いずれにせよ(私のように)知らないことも一つの罪、悲惨さを知り、学んで、違う平和を生みだすよう暮らしていかないとと思います。

Le Monde – ‘Le sondage sur la connaissance du Vél’d’Hiv par les jeunes est trop précis selon les historiens’
Guardian.uk – ‘Vél d’Hiv, Paris 1942: ‘These black hours will stain our history forever’

About paradis

うさぎと暮らしている音楽好き そして認識の先にあるものに触れたい 世界の果てとわたしの果てが一致する その瞬間を待ち続けています

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