やがて楽しい・・・

ブレヒトの「肝っ玉おっ母」を読んで考える。
時代を経る毎に世の中が悪くなっているわけではないとじんわり暖かい気持ちになる。
人はある程度の悪を生み出さずにはいられないのだ。

なににというに、それで人間の善性を確かめたいために。

なんだか今の時代は人の繊細さが失われたような気がするけれど、
果たして今ほど「共通見解」から外れることを恐れる時代があったか。
KYなんて軽いコトバのように感じますけれど、
以前呼ばれていた「世間様/村八分」というものと構造としては一緒のような気もします。
そのほかにもいろいろ。
私たちが社会として解決しなければいけない問題は沢山すぎるけれど、
その問題すら顕かにされなかった時代もあったはずです。

常に常に、人間は「困難な世界」に存在する。
それは言い換えれば、自ら「困難な世界」に好んで身をおいているということでしょう。
そして困難を脱していく、まあ脱するほどのストーリーがなくとも、
困難の中でゆらゆらと生活していき、自分をその世界から際立たせる。
やっぱり人生というのは難しいようで、実は、常にのぼり坂を登っているゲームなのでしょう。

坂は登るのをやめると転げおりるしかない。
人は絶えず思考する動物であることは明らかで(コトバを忘れ去る人間はいないはず)、
動くのをやめるということは思考を放棄するときでありましょう。

まあ急滑降の楽しさというのもあるかもしれません。
それについてはまた別で考える宿題と。

About paradis

うさぎと暮らしている音楽好き そして認識の先にあるものに触れたい 世界の果てとわたしの果てが一致する その瞬間を待ち続けています

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