足るを知るのダ。

吾唯足知 われ ただ 足るを知る
ロックガーデンで一番すきなのはこの蹲です。
#この間は行かなかったけど。

ただ昨今、その捉え方が少し変わってきました。
以前は、「満足をおぼえることはたいせつなことでそれに尽きる」だったのですが
最近は「己の尺とそれに十分な満足を得ることが、肝要なことである」と感じます。

己の尺に合わないところに「自分の満足」をおくことは、過大な自己評価です。
これは現代にいきるわれわれには比較的容易に陥りやすい罠です。
もっともっとと煽りたてられて不安感にも似た気持ちで自分を鼓舞する。
それは不幸です。

しかしこれも、逆に考えてみます。
己の尺に十分たる意識・努力を自然と怠るという、日常的な習慣。
これもある程度安定した境遇にある私たちの年代には無縁ではない。
これは楽をしたいだけの自己の過小評価ともなりましょう。
なんとなくの安定や安寧はあったにしても、
深い満足は覚えることはないと思うのです。
たとえばひとつの仕事、人との関係、それを終えたときに
「十分に満足した」とそう思えるだけの挑みや心の整え。
また前段と若干矛盾はあるかもしれませんが多少の背伸びはあっても、
それを苦痛に思わないほどに気持ちを燃やすこと。
こういうことが、「足るを知るだけの満足」なのだと感じています。

やはり歳を重ねても、時間のたつ早さが昔と変わったように思えても、
日々、一つ一つ、十分に努力を尽くしていき、
己の本当の尺を繰り返し認識していきたいです。

自分へのエールもこめて。

お休み仔猫ちゃん

About paradis

うさぎと暮らしている音楽好き そして認識の先にあるものに触れたい 世界の果てとわたしの果てが一致する その瞬間を待ち続けています

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