テクストといったとき一番普遍的な性質は
「ある程度等価な意味を交換できる」ということです。
私が「夏の空」というテクストを用いるとき、
私が語りかける多くの知人は「冬よりも鮮やかな 高い空」と言った意味で
それを聞いてくれるだろうし、私も大体においてその意味で用いています。
暑い一日の高くから光が注ぐ天気に恵まれたとき私は
「夏の空」という単語を用いて世界をテクスト化します。
それでは同じ時に私が撮った「写真」が、
同じように「テクスト」として誰かと交換できるのだろうか?
それに関しては、「意味の等価交換」というテクストの機能においては、
「否」と答えざるを得ないと思います。
写真を撮ると言う行為はコトバを発すると言うそれよりも
随分と濃い身体性を帯びているにもかかわらず、そこから発現する「写真」は
私がこめようとした意味合いからは遠く離れた物質となり、
とたんにその意味は薄くなりほぼ透明にすらなりうる。
私の行為・私の世界をなす意味はどこに消えてしまったのだろうか。
しかしそれゆえに、私の意味の世界が一旦消滅し、
どなたかの意味の世界がそこから始まる「結び目」としての機能は
コトバをテクストとして持ちいるときよりもより純粋に働くのではないでしょうか。
発した者がそれで意味するものはいささかも引きずらずに、
かつ、受け取った者がそこからなにかを喚起したということにその純粋さがあります。
確かに、同じ意味を共有する必要性はこの場合いささかもないのです。
私の見る「夏の空」、誰かの見る「夏の空」。
それは同じではなくても、そこからそれぞれの世界が始まっていくという意味で
「話者と聞くものの場においてのみ生きる」テクストの純粋性は
他に類するものはないような気がします。
そしてそこで強く感じるのは、、私と相手との間にある意味や事柄は、
思うよりもっと軽やかで透明なものでもよかったのだと。
十数年前、とても乱暴に感じた「写真というテクスト」という考え方を
今になって急に思い出し、その答えを少し見出し始めている最近の日々です。
そしてその答えは、もともとの思想とは多少ずれていても構わないのだという
私なりの10年間の答えに似るものでもありました。
年度末ということもありゆとりのない日々ではありますが、
忙中閑とはこのこと とばかり
加齢と重力に耐えるべくあれこれと陰謀を練っております。
来年は年女。
最近一番の出来はこちら。
セージ:3滴
ヒソップ:2滴
ワイルドキャロット:3滴
パチュリ:5滴
ゼラニウム:7滴
——————
アボカドオイル:2ml
アルガンオイル:2ml
ウィートジャームオイル:1ml
タマヌオイル:0.5ml
(大体15%濃度)
その昔、フィトセラピーの原型になった作業は
錬金術と同じように魔術的なものだったようです。
香りは確かに強烈ですが魔術ゆえ仕方のないこと。
とけない魔法を是非手にしたいものですが 笑
ちなみに、なにに使うかは秘密です。まあ大概めぼしはつきますが。
#ケトン類満載のブレンドです。
濃度も通常の範囲を大きく超えていますのでご注意。
近しい方はご存知のとおりでワタクシはひどい頭痛もちです。
緊張型頭痛が癖になったもの(多分発端は気圧変動型頭痛)と
数ヶ月に一回の偏頭痛です。これは20年来の付き合いなのでもうあきらめ気味。
といいますか常より、右側の頭(頭皮)って感覚がないぐらいなのです。
一時は星状なんとかブロックやら顔にブロックやらもしてました。
ところがとあるきっかけで「ごしゅゆとう」なる漢方の秘薬をしりまして
先週末から試しております。
本日かかりつけの先生に処方していただきました。
そして「せんきゅうちゃちょうさん」もいただいてきました。
#それなりに我慢はしましたが、なんと先週より一回も鎮痛剤飲んでないのです。
すごいもんだ。
かかりつけでは折々にて漢方を処方され
「本当に身体が合うときは”苦味”はないから、数日飲んだら舐めて苦いようだったら飲まないように」と乙なアドバイスを受けていて、そういう考えに慣れています。
そしてこの二剤いまは、ぜんぜん苦くないのです。
おそらく筋肉量も(女性にしては)多いはずで基礎代謝も高く平温も当然高いのですが、
今は末端までぬくい。でもじっとりした汗はかかない。不思議な感じです。
知らないことが世の中にはいっぱいあります。
知ることだけがよいことだとは思わないけれど、
「身をもって知る」ということは、どうにもいわれぬ充実感があり うれしいです。
また日ごろよりウェブを通して見聞や知識が広がることについては
とても便利なこととは思いながらも絶対的な危機感を忘れてはならないと思っています。
それは「勘」ではありますがおそらく正しい「勘」だと思います。
あいまいな情報の波の中で
身体がおいつかない部分での欲望や知識だけをかきたてられて
統一した身体性が引き裂かれることへの恐れがあるわけです。
しかしこの「秘薬」を知ったのもそういう流れの中でもあり、感謝はひとしおなのです。
あいまいに波にゆだねても、その波のなかで泳ぎきるように、
己の「身体」イメージをきちんとひきつけて律しておけば、大丈夫なのかな。
とにかくうれしいです。
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